新刊案内
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小田原藩士吉岡家代々由緒書 230年の記録をたどる
¥4,000原題「吉岡由緒書」は、小田原藩士吉岡家が書き継いだ全4冊からなる記録である。7代吉岡信之が文久2年(1862)の隠居を機に、初代実疑が大久保家に仕官した寛永19年(1642)以来7代分の事績をまとめ、8代信徳が安政5年(1858)以降を書き継いで明治5年(1872)に至る。その記録は230年の長きにわたる。 本書の第一の特質は、執筆姿勢の徹底した史実追求にある。「由緒書」というと先祖の軍功・功績を顕彰するものが多いが、本書はそうした性格と明確に異なる。先祖の事績のみならず執筆者自身の代の事実をも丹念に記録しようとする姿勢が一貫しており、これが本書を単なる家系記録にとどまらない史料たらしめている。 第二の特質は内容の豊富さにある。4代から6代にかけては御賄方の役人を務めており、宝暦から文政期にかけての藩財政・政策に関する記述が詳細に残されている。この時期の小田原藩財政を考えるうえで、他に類を見ない具体的な記録となっている。 さらに幕末期の記述は特筆に値する。7代信之・8代信徳の代には、甲州騒動、ペリー来航、京都守衛、禁門の変、天狗党追討、戊辰箱根戦争といった重大事件が、当事者の体験として克明に記されている。これらは激動の幕末維新期における小田原藩士の実態を内側から描く貴重な証言であり、地域史・政治史の双方において一級の史料となっている。 翻刻にあたっては原文の忠実な再現を旨とし、読解の便を図るため必要な解説と細目録をを付した。小田原藩研究のみならず、近世・幕末史研究に広く資することを期待したい。Read More... -

二宮尊徳とその周辺 ―史話で綴る金治郎の生涯と実像―
¥2,200「薪を背負って歩きながら本を読む少年」。このあまりにも有名な二宮金次郎のイメージは、近代以降の修身教育を通じて日本人の道徳的規範として深く刻み込まれてきた。しかしながら、我々が抱くこの「聖人・尊徳」の姿は、果たしてどこまでが真実なのであろうか。 二宮尊徳に関する本は巷にあふれているが、その中には根拠のない逸話やエピソードをそのまま綴っている書籍も多い。本書は長年の研究によって明らかになった史実をもとに綴ったものであり、それぞれは独立した話でどこから読むこともできるが、読み終えれば尊徳の実像とその生きた時代が浮かび上がってくるであろう。 著者の松尾公就氏は、小田原の報徳博物館で長年学芸員として膨大な古文書の整理・解読に携わってきた、近世史研究の専門家である。本書は、門人たちが師を顕彰するために記した『報徳記』などの後世の編纂物に依拠するのではなく、当時の一次史料を徹底的に掘り下げ、客観的な視点から尊徳という人物を再構築する試みである。 その成果として本書が描くのは、単なる道徳家としての尊徳ではない。小田原藩や周辺諸藩、さらには幕府神領といった広大な地域を舞台に、疲弊した農村を立て直すべく奔走した「実務家・経営者」としての姿である。尊徳が考案した「報徳仕法」は、単なる精神論ではなく、綿密なデータ分析と独自の金融システム、そして人間の心理を巧みに突いた統治策に基づいていた。著者は、服部家での初期の家政再建から、桜町領における壮絶な復興事業、そして天保大飢饉における迅速な救済活動に至るまで、その足跡を丁寧に辿っている。 また、本書の大きな特徴は、尊徳を取り巻く「周辺」の人々や風景に光を当てている点にある。良き理解者であった藩主・大久保忠真、仕法の継続を支えた門人たち、あるいは激しく対立した保守的な藩吏たち。彼らとの相克を通じて、尊徳の人間味あふれる実像が立体的に立ち現れる。さらに、著者が長年のフィールドワークで確認した仕法の遺構や景観の記述は、歴史が単なる過去の記録ではなく、現代の土地に息づいていることを確信させる。 「金次郎」という偶像を剥ぎ取った先に現れるのは、変化の激しい江戸時代後期から幕末期を冷徹な知性と情熱で駆け抜けた一人の男の凄みである。本書は、二宮尊徳という巨人を真に理解するための決定版であり、歴史ファンのみならず、現代の組織運営や地域再生に携わる者にとっても、多くの示唆を与える一冊となるであろう。Read More... -

ファミリーヒストリーの実験 ―尾張藩下級士族がたどった明治・大正・昭和―
¥3,601徳川御三家の一つ尾張藩に仕え、維新期を迎えた同藩の下級士族とその末裔は、明治・大正・昭和という激動の時代をどのように生き抜いていったのか。本書は一個人の通史ではなく、井上家、高田家、近藤家等の一族が、維新後に散った名古屋・横浜・東京を舞台に織りなす近現代の「ファミリーヒストリー」です。 本書は、NHKの番組「ファミリーヒストリー」の魅力を念頭に置き、100年前の関東大震災で亡くなったご先祖「井上美吉」の顕彰(2023年9月)を契機に準備され、一族にとっても節目であった終戦時から80年(昭和100年)を経た年月日に刊行されました。 刊行にあたっては、史資料の発掘と読解という歴史学の伝統的な手法に加え、デジタル化された史資料やオーラルヒストリーなどの新しい調査環境・手法を活用し、歴史学の門外漢を含む子孫たちが文字通り手作りで完成させました。序章に綴られているように、本書はそれぞれの家族の多様な歴史を、その記録と記憶を次世代に継承するための「実験」の書、「入門」の書であるとともに、ファミリーヒストリーの叙述を通して、近年、注目を浴びている「パブリック・ヒストリー」の実践を意図した「実験」の書でもあります。 本書の「実験」により、多くの方が歴史に興味を持ち、さらに一歩踏み込んで歴史の叙述につなげていただければ幸いです。Read More... -

データで読み解く 宝永富士山噴火と小田原藩の復興
¥1,320元禄16年(1703)の小田原地震と宝永4年(1707)の富士山噴火2つの災害は、江戸時代前期の小田原周辺における災害としては最大級のもので、それがわずか4年の間に連続して起きたことが一つの特徴となっていた。この二つの災害の影響をもっとも大きく受けたのが相模国小田原藩と小田原藩領の村むらであった。何よりも小田原藩当局が、この二つの災害がその後の藩政を大きく規定したと述べている。元禄地震では小田原城と城下が震災で崩壊するとともに火災の発生によって多くが灰燼に帰した。また、村落部では震災による被害とともにとくに海浜部では津波による被害を受けた。さらに富士山噴火では膨大な砂(降灰)が降り注ぐという一次被害に加えて、降り注いだ砂が酒匂川をはじめとする河川に流れ込み、河床を埋めることで、大雨が降るごとに堤防の決壊や大規模な洪水の被害をもたらすという二次被害を引き起こした。この2つの災害はそれだけに復興に長い年月が必要となった。 そこで本書では、小田原藩と小田原藩領における災害復興の過程を長いスパーンで捉えるために、小田原藩領全体の年貢米永および小田原城近辺村落の年貢米永に注目し、これらをデータ化・グラフ化することで、復興の過程を可視化することをめざした。富士山噴火の翌年、小田原藩領で被害の大きかった村むらは幕府領として上知され、代わりの領地を与えられた上で、幕府によって復旧作業を行なったのちに返還された。実際に藩領全体が返還されるのは延享4年(1747)のことで、それはちょうど享保改革の時期に当たっていたことも重要である。ただ、被災した土地はかなり地味(土地の生産力)が落ちていたため、実際には返還されてからも年貢を回復するための復旧政策は続いた。また被災した藩領の年貢の分析には、これを徴収するための手段である徴租法に着目する必要があったことから、幕府領の時期を含めた藩の徴租法についても再検討を加えた。さらに年貢米の収納状況は、当然のことながら家臣団の生活に大きな影響を与えた。そこで本書では、知行高340石取りの家臣である吉岡家の記録をもとに、富士山噴火後の俸禄米がどのような変遷をたどったかについて、同じようにデータ化・グラフ化して分析した。年貢徴収と俸禄米は藩経済にとっても基本的な要件であるため、復興の過程のみならず、藩政の動向や改革の実行と連動していたことから、これらの分析を通して幕末維新期にかけての小田原藩政の全体像を描くことを心がけた。従って本書は、年貢米永に俸禄米というデータから、小田原藩の大災害からの復興過程全般と藩政・藩財政の展開過程を見通し、その見取り図を描くことをめざしたものである。なお、データ表示のためにカラーのグラフや図版、写真を多く掲載したことも本書の特徴となっている。Read More...
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